スタッフブログ

2009年は貧困元年って知ってますか?

こんにちは。満木です。
2009年は貧困元年とも言われています。
貧困が2009年からはじまったとかってことではなく、
日本の貧困が認識された年、ということです。
たくさんの著書が出たり、シンポジウムが開催されたりメディアの報道が
多数されたこともありますが、象徴的なのは民主党政権にかわり
長妻厚生労働大臣の指示で日本の相対的貧困率が算出されたことです。
国の相対的貧困率が15.7%、子どもの相対的貧困率が14.2%でした。
詳しいデータは厚生労働省のHPでぜひご覧ください。
2008年の終わりくらいから、年越し派遣村などで日本の貧困問題が
表に出てきて雑誌やテレビでかなりの量とりあげられました。
当初は、問題の存在と原因に目がいっていましたが、
最近ようやく解決法に照準があてられるようになりました。
まあいずれにしても「貧困元年」なんて、切ないですね。
「貧困消滅年」が早く来ることを心から願っています。
さ、明日ははちすくんです。
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目標は間近に

こんばんは、樋口です。
「東大卒業生の息子は東大に合格しやすい」
極端な例ではありますが、本当だそうです。
二世スポーツ選手が多かったりするのも、
この理由はひとつあるでしょう。
私も母がピアニストだったため、音楽センスや耳に対しては
絶対的な自信があります(若干、過去形ですが。。)。
ビジネスにおいても同様です。
秀逸なビジネスパーソンや秀逸なビジネスモデルを間近に感じていれば、
目標達成の大局的な絵を描くことは比較的容易になります。
つまりは優れたビジネスに触れ続けることで、
ビジネスマインドそのものも醸成することができる、ということです。
RBCの勉強会は土曜日の午前に開催しています。
優れたビジネスパーソンと共に優れたビジネスモデルを学ぶ。
そんなサイクルを自分のなかでグルグル回せること、
事務局として関わることができること、幸せですね。
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明日は満木さんです。

『ビジネスクリエーターとして大切なことは全てサッカーから学んだ』?その26?

こんにちは。のむらです。
引き続き、このシリーズです。
全国のサッカー経験者の方、また、サッカー小僧のご家族、ご友人の方に、
サッカーに打ち込むことで、ビジネスパーソンとしても一流になるための素養
が身につく、というご理解を頂ければ幸いです。
↓過去の記事↓
その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10
その11
その12
その13
その14
その15
その16
その17
その18
その19
その20
その21
その22
その23
その24
その25
↑過去の記事↑
■「理不尽」とは、自分のつくった基準が決める■
私がユース時代を過ごしたチームは、
とてもテクニックと創造性の高いチームでした。
一方で、地味で単純な作業には向いていない選手が
多く、人材の偏りはけっこうあったと思います。
例えば、最初からサイドバックの選手は、かなり少なかったです。
私が3年生の頃にレギュラーになった選手は、
左サイドの選手も右サイドの選手も、元々はFWの選手でした。
入ってくる前のポジションでは、
圧倒的にトップ下が多く、地元に帰れば有名人、
というパターンが多かったです。
また、フィジカルを売りにしたセンターバックは、
とても希少な存在でした。
(というか、そういうタイプの選手は限りなくゼロに近かったです)
そういう文化ですから、
まぁ、ともかく走るトレーニングを嫌う選手が多かったです。
実際、全国制覇をした時のことを考えても、
走るトレーニングを行っていた時間は、全国大会出場チームの中でも、
最も少ない部類だったと思います。
それこそ、とある強豪チームでは、トレーニングとして、
フルマラソンをしているチームもありましたし、
近くにいる、これまた全国トップクラスだったチームも、
非常に多くの時間を走り込みに費やしていました。
合宿では、朝食後すぐに、長い坂道ダッシュをして、
殆どの選手が朝食を地球に返してしまったり。。。汗
そんなに強くないチームであっても、
選手が血尿を出すほど走っているチームもありました。
ですから、我々のチームでは、
走る距離はそんなに長くなかったと思います。
ところが、悪く言えば、行き当たりばったり、良く言えば、臨機応変な、
我々のチームの監督が、ある時、
「これからは走りをしっかりやる」
と言い始めました。
(というのも、そのちょっと前に全国制覇したチームがよく走るチームでした。
ちなみに、その前年度は逆に、走り込みもなく、技術を極端に磨いているチーム
が全国優勝したので、「ドリブラー発掘月間」なるものがあったりもしました。。。笑)
そして、毎日のトレーニング終了後、
・9キロ走る
というのと
・30メートルダッシュを50本
というメニューを、日替わりで交互に行いました。
9キロ走は、早い選手なら45分くらい。
遅い選手だと、1時間くらいかかってしまいます。
最初は、理不尽な要求だと思い、
「バカじゃねーか!!」
と、憤りながら走っていたものですが。。。笑
人間、不思議なもので、しばらくすると慣れてくるものです。
2ヶ月も続けた頃には、大したことだとは思わなくなりました。
そして、半年後、
真夏の芝生のゲームで、1日に2試合こなしていても、
カラダは軽いまま走り続けることができました。
それどころか、
元々、足は遅いほうだと思っていたのですが、
そうでもないな、、と、どちらかと言えば早く走れるようになっていました。
そもそも、最初に理不尽だと思ったのも、
それは、過去の自分の体験をベースに、勝手に基準をつくっていただけでした。
それが、ひょんなきっかけで崩されると、
自分の基準が変わっていったわけです。
これは、ビジネスパーソンになっても、まるで同じことでした。
例えば、RBCでは、
RBCインテグレートという起業する方のための講座がありますが、
ここでも、つまるところ、私たちの最大の使命は、
受講されている方々の基準値を、
サラリーマンの基準から、起業家の基準に変えることです。
ですので、成果は極めて明確でして、
その方が実際に会社をつくれば、成果が出た、ということです。
こう断言した時に、
「でも、、、」「とはいえ、、、」
と言われることもあるでしょうが、
それこそが、基準の力ですし、そう言う方は、まぁ、殆どの確率で、
自分で会社をつくったことは無いと思います。
これこそが、基準の違いです。
サッカーを通して、
自分の体験が自分の基準を無意識的に決めている
ということを学んでいましたので、
それは、今でもことあるごとに学び方の意識に
反映されていると思います。
自分の基準を意識的に高めたい方は、RBCへの会員登録をどうぞ。
明日は友部くんです。

台湾鉄道の旅5(台湾の特急・自強号)

こんにちは、スタッフの村上です。
今日も第1回第2回第3回第4回に引き続き、台湾の鉄道の旅をお送りします。
ここ2回ほど鉄道から遠ざかっていたので、
今回は、台湾の在来線特急電車をご紹介したいと思います。
日本でいう特急列車は、台湾では、自強號(ずーじゃんはお)と言います。
一番ポピュラーなのは、こちらのEMU1000型。

韓国製で、一番前と後ろが機関車で、真中が客車になっています。
続いてEMU1200型。
南アフリカ製で、現地では赤いシマウマと呼ばれているとかいないとか。

今は珍しくなった釣りかけモーターの音が鉄道マニアから人気です。
ディーゼルカータイプもあります。

こちらは、日本製で、車内には、「日本車両」とか「東急車両」のプレートがあって、
どこかがんばっているな?とうれしくなります。
・・・はい、マニア以外には何の興味もない情報ですね。
すいません。
でも、ちょっとした知識があるかないかで旅ってちょっと楽しみが増えたり、
快適度が増したりしますよ。
明日は、吉村君です。
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歴史に学ぶビジネス:武田信玄?

こんにちは、大久保です。
今回も『歴史に学ぶビジネス』シリーズを続けさせて頂きます。
「晴信行儀に於て、その外の法度以下に相違の事あらば、
   貴賎を選ばず目安を以て申すべし、時宜に依り、その覚悟を成すべし」

  (晴信(=信玄)がこの法度に反することがあれば貴賤を問わず申し出よ。
   自分も罰せられるであろう)
有名な甲州法度の末尾。
信玄は外交だけでなく、内政にも力を入れていたことが
とてもよく分かります。
人が治めるのではなく、法で治める。
しかも、定めた本人も守る義務がある。
今では当たり前のことですが、当時は革新的なことでした。
信玄がこのように定めたのは、
父・信虎が甲斐を治めていたときは
信虎自身が横暴の限りをつくし、国が衰退していったことを
目の当たりにした経験からでしょう。
法をつくり、自らも守る。
だからこそ人の心をひきつけ、
戦のときにも統率のとれた軍を率いることができる。
言うまでもなく、
人の集まるところでは、組織であれ、会社であれ、
同じことが言えたりします。
一つ一つ、わが身に引き当てれば
歴史から多くのことを学べることでしょう。
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以上、大久保でした。
明日は村上君です。
お楽しみに!

ドラフト

こんばんは。
スタッフの阪倉です。
私はプロ野球ファンなので、今日は野球のお話を少し。
プロ野球の新人選手選択(ドラフト)会議が行われましたね。
最大の注目選手だった超高校級左腕、菊池雄星(ゆうせい)投手(岩手・花巻東)は
6球団から1位指名を受け、抽選の結果、埼玉西武ライオンズが交渉権を獲得!
ドラフト制度の是非はここでは論じませんが、
なんと今回は一般公開されていたのです。
乗り遅れた・・・・
やはり知ってる人は知ってたのですね。
情報はアンテナをはってないと見逃してしまうことを実感しました。。。
あの引き当てる瞬間を見るのはとても興奮しそうです。
来年はぜひ申し込まなくては。
甲子園で感動を与えた菊池投手の今後が楽しみです。
私たちはビジネスで世界を感動させましょう!
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明日は大久保さんです。

通販で売上アップを狙う手法

こんにちは。満木です。
先日某プロゴルフ選手がCMしている
英語教材が気になって、サンプルを電話で注文しました。
その英語教材は、毎月1回、合計2年くらいかけて教材が届くものです。
けっこう昔からなくならずにあるし、あのハ●カミ王子がCMしていることに
興味をそそられました。
(ここまでいったらわかっちゃいますね。笑。)
わたしが依頼したのは無料サンプルなのですが、
申込み受付の電話オペレーターが言います。
「商品(有料)の1回目と2回目を同封するので、
サンプルのみで継続しないなら10日以内に連絡して返却してください。」
おおーっ・・・そういう作戦ね。
うっかり連絡しわすれたり、
もーめんどくさいからいーや、て
そのまま継続しちゃう人、けっこういますよね。
いやいや、めったに通販を使わないので、
こういう販売手法があると知らなかったので、
けっこうびっくりしました。
1週間後くらいに返却のために電話すると、
とても感じのよい男性オペレーターさんが受け付けてくれました。
よかった・・・怒られたりなかなか受け付けてくれなかったらどうしようと
思ったのだけど、ちゃんとした会社なんですね。ほっ。
しかし、12?20時じゃないと引き取りにきてくれません。
その時間、一番いない時間なんだよねー。。。
もしやこれも作戦?なーんて思ってしまいました(笑)
いやいや、いろんな売上アップの手法があるもんだなーと
勉強になりました。
ふだんしないことをしてみるのはいいもんですね。
土曜日の朝に早起きして勉強会に参加したことのないあなた、
ぜひふだんしないことをしてみてください!
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明日ははちすくんです。お楽しみに!

経済効果

おはようございます、樋口です。
大河ドラマや朝の連続テレビ小説による
「経済効果」がしばしば話題にあがります。
日銀リサーチによると、2010年の『龍馬伝』の経済効果は、
234億円にも上るようです。
http://www3.boj.or.jp/kochi/pdf/2110k.pdf
この裏には『ウェルかめ』や『坂の上の雲』といった
四国を舞台にしたドラマの影響もあるようですね。
来年のお盆休みは四国遠征しようと思っている私にとっては、
楽しみを増幅させてくれるようなお話です。
地域ビジネスと経済効果。
紐付けて考えてみると面白そうですね。
経済効果を起こせるような人物は、
歴史的な偉人と言われています。
「経済効果を起こせるような人財になる」
地方に利益を還元するうえでは、
ひとつ興味深いポイントかもしれませんね。
奇跡を起こす、RBCへの登録はこちらから。
明日は満木さんです。

『ビジネスクリエーターとして大切なことは全てサッカーから学んだ』?その25?

こんにちは。のむらです。
引き続き、このシリーズです。
全国のサッカー経験者の方、また、サッカー小僧のご家族、ご友人の方に、
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■ちょっとうまくいった時に自惚れるとロクなことが無い■
これは、16歳の時の苦い経験ですが、、、
高校1年生の時、夏は40日くらい、南米にいました。
といっても、バカンスではありません。
1学期の最後の日は、お昼過ぎからトレーニングが始まり、夕方には終了。
私の場合は、アパート暮らしでしたので、そっから夜には荷物をまとめて実家に帰り、
翌朝から数時間で買い物をしたら、またまた荷造りをして、夕方には今度は成田空港にいるわけです。
それで、
8時間くらいでL.Aについて、
それからまたまた数時間かけて、今度はマイアミへ。
さらにマイアミからリオデジャネイロに行ったら、その次は短距離ですが、サントスへ。
サントスから、目的地のモンテビデオに飛んだわけですが、
まぁ、移動だけで28時間くらい。
ちょうど、飛行機の中で誕生日を迎えましたので、誕生日が数時間長かったと思います。
途中、サントスでスーツケースが消えるというトラブルもあり。
(なぜか、私のだけリオで止まってたので、数日後に届きました。。)
あの日のことを思い出すと、
社会人になったいまのほうが暇なんじゃないかとも思います。(笑)
ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、
同じラテンアメリカでも、国が違えば全然サッカーが違います。
ブラジルとアルゼンチンが違うくらいの話ではなく、
ウルグアイのサッカーは、、そうですね、、路線としては、
スコットランドみたいな感じでしょうか。
もしくは、オーストラリアとか。
ともかく、激しい国です。
「サッカーは格闘技だ」という文化です。
スタジアムにクラブの試合を観にいくと、大体、トップチームの試合の前に
トップチームに入っていない選手の試合をやっていたりします。
なので、大概は試合中にスタジアムに入っていくわけですが、
11対11の試合のほうが珍しいくらいでした。
数えてみると、9人と10人とか。。
それだけ、退場者がよく出るということです。
ウルグアイの選手は、
18歳くらいでは、完全にカラダが出来上がっているような感じでしたし、
一方の16歳の私は、線も細く、カラダが全然出来ていなかったので、
とても苦労したのを覚えています。
(試合をすると向こうのクラブのユースのチームが出てくるので、大体、17?18歳とかですね)
向こうでは、我々のチームに、現地の指導者をつける、という方法でしたので、
戦術も全然違えば、システムも考え方も全然違いました。
※人数が多かったので、4チームに分かれて動いていました。
私のチームはまだよかったですが、通訳が「ボクハ三世ダカラ日本語ハ良クワカラナイ」
なんて言われてしまったチームもありました。
(ただ、そういうところには、通訳の通訳が出来る人物が現れたりもしましたが。笑)
と、話せば色んな話が出てくるので、本題に。。
さて、マッチョな相手に相当苦労したわけですが、
日本では無かったことですが、FWで起用される機会がありました。
まぁ、それも前日のトレーニングで2点取ったという極めて安直な理由だったと思いますが。。
実際のところ、試合の中で、あまり活躍できませんでした。
もうひとつ、現地の指導者とは考え方が違ったことから、
レポートを出せと言われたタイミングで批判したりと、折り合いが悪く、
帯同していたコーチにも心配されました。
ちなみに、そのコーチは将棋版と駒を持って私の部屋に部屋に現れ、
私が、今の戦術がまるで腑に落ちない、と言うのを聞いて、
日本ではサイドをつかっていたけど、こっちのシステムは、
真ん中から攻めるようにできているのよ。
と言いながら、将棋で真ん中から攻めてきて詰んでしまったり(驚)
そして、秋になり、日本に戻ってから、
トップチームではない選手たち(通称「のこりーず」笑)のトレーニングを見ていたコーチから、
「FWやってみないか?ウルグアイでFWやったんだろ?」
という打診をされたことがありました。
(しかも、ひとつ上のチームでの出場)
これまた、このコーチが見ているゲームの中で、たくさん点を取ったことで、
評価されていたのだと思います。
その日、メンバー発表をした時に、FWで私が呼ばれたら、みんな
「!?」
というリアクションでした。
ところが、その日は、監督が急遽、システム変更を決めたことと、
2つ上のチームからひとり選手が落ちてきて、それに押し出される格好で、
出場とはなりませんでした。
翌日から、全てのチームが新システムでのゲームとなり、
翌日にも、私を評価してくれたコーチは、自分が見ている中では一番上のチーム
で起用してくれました。
ところが私は、評価されたことに自惚れて、
「トップ下が良いです」
と言って、コーチの打診を断ってしまいました。
(新システムが1トップだったということも理由ではありましたが。。)
一応、トップ下で出ることにはなりましたが、
ついに、そのコーチの前でFWをやることはありませんでした。
その後2年間の様子から考えてみると、
まずは、コーチの打診を受け入れても良かったかな、と、今ならそう思います。
その後しばらくして、ボランチのほうがフィットすることが分かったわけですが、
どちらにしても、調子に乗って、人様の好意を無駄にしてはいけないなぁ、
と、とても反省する苦い思い出となりました。
私からあなたへの最初の打診はRBCへの会員登録です。(笑)
明日は友部くんです。

台湾鉄道の旅4(金瓜石編)

こんにちは、スタッフの村上です。
今日も第1回第2回第3回に引き続き、台湾の鉄道の旅をお送りします。
(と、いっても今日も鉄道が出てきませんが・笑)
今日は、前回紹介した九份(じょうふぇん)からバスに乗り、
さらに奥の金瓜石(じんぐわすー)思います。
金瓜石へは、前回ご紹介した九份からバスに乗って、
さらに15分くらいいったところにある場所です。
ここは、「黄金博物園区」があって、中には日本時代の古い家屋や、
金塊に触れる施設があります。
では、早速入園しましょう!
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入ってすぐのこの建物は、ここが鉱山だった時代に、
鉱山の幹部職員が住んでいたところらしいです。手前は交番です。
家の中では、街の歴史をDVDで見て解説してくれます。
DVDの音声は中国語ですが、日本語字幕もあるので、ご安心を。
20091026-P1060333.jpg
そして、ここは、僕の家・・・ではなく、
鉱山会社が昭和天皇(当時はまだ皇太子)を泊めるために作った特別な建物です。
実際には、ここに昭和天皇は来ることはなかったそうですが、
その威容は、伝わってくるものがあります。
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庭園がとても美しく、景色も素晴らしいです。
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山を登っていくと、昔のトロッコ軌道が再現されています。
そして、博物館の入り口には、「金」の大きな文字が(笑)。
そのまんまですね。
20091026-P1060352.jpg
博物館の中では、大きな金塊に実際に触ることができます。
ちなみにこの金塊、2億2000万台湾ドル(6億6000万円)だそうです。
20091026-P1060361.jpg
実際に鉱山の中にも入ることができます。
鉱山の中に入るときにはヘルメットが渡されて、
みんなで「安全の心得」みたいなものを唱和します。
外は暑くても、鉱山の中は涼しいですよ?。
異国の地で、古い日本のものを大切にしてくれているのは
なんだか日本人としてとてもうれしかったです。
そんなわけで、金瓜石のご紹介でした。
次回は、台湾の特急電車をご紹介します。
明日は吉村君です。
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