Author Archive Nomura

『個人をブランド化してビジネスとして展開する方法(1/2)』

こんにちは。のむらです。
たまたま、個人のブランド化というテーマでの相談が続いたので、
ちょっと、それについて書いてみたいと思います。
当然、人によって状況が違いますから、何から手を付けるかということについては、ケースバイケースな部分もあります。
ただ、大枠として、知っておいたほうが良さそうなことが2つあると思います。
2つとは、
1.情報発信からスタートしてシステム化されたビジネスに至るまでの流れ
2.ビジネスの切り口を考える順番
です。
それぞれについてざっくり説明します。
1.情報発信からスタートしてシステム化されたビジネスに至るまでの流れ
これは、コンテンツマーケティングとして説明されていたりもする流れです。
3つのステップで説明します。
【ステップ1】
テーマを決めて役に立つ情報を発信し続ける
→ここで直接的に収益化できるかどうかはあまり問題ではありません。
 重要なことは、その情報を喜んで見る人が多くなることです。
【ステップ2】
講演やセミナーをはじめ、いわゆるタレント業としての仕事を得る
→ここは「その人がその人であること」に換金性が生まれている状態です。
 タレントとしての換金性というのは評価によって決まります。
 評価というのは、評価=コンテンツ(=発信した情報)×露出(=リーチ)
 という分解ができます。
 ステップ1での情報発信が評価の資産になっているという関係です。
 なお、タレントとして一定の成果を出した人がオワコン化していくのも、
 この原則によって説明できてしまうので、注意が必要です。
 情報というのは時間と共に価値が目減りして0に近づいて行きます。
 俗っぽい言い方をすれば「飽きられる」ということですが、
 そこで焦って、じゃあ、別の情報に軸足を移さないと、、、
 となるわけですが、軸足を移した時には、資産の無い分野に出て行ったりするわけで、
 それによって評価されていない分野でタレント価値とのギャップが生まれて、
 低い評価を得てしまう。。。
 それもこれも、ステップ2を目標にした場合に陥ってしまう没落パターンです。
 なので、次のステップを意識しておくのがビジネスとしての寿命を大きく変えるポイントです。
【ステップ3】
タレントとして提供していた価値のシステム化ビジネスを構築する
→タレントとして提供していた価値を自分以外の人に提供させる仕組みづくりです。
 講演やセミナーをはじめとするタレント業的な仕事も、
 その資産には情報が含まれているので、これは他人が再利用することができます。
 また、再利用した場合、価値が薄まったりするので、薄利多売のビジネスに変わります。
 このステップでのポイントは「働いたら負け」という考え方にシフトするところですし、
 自分がうまくいくというところから、自分以外がうまくいくという視点に変える必要があります。
このベースとなる考え方を具体化すれば良いだけなんですが、
ちょっと具体例を出してみないとイメージが掴みにくいかもしれませんので、
思いつきのアイディアを書いてみます。
■ステップ1
反応の大きかったキャッチコピーを取り上げて分析するというブログを書き続ける
→コピーライターとか、通販の運営者等のカンペとして機能したらオッケーです。
■ステップ2
キャッチコピーのセミナー講師やコンサルタントとして粗利率の高い仕事をする
→基本は、ある程度広告や広報に予算をつかえるステージの事業を顧客にします。
 メディアに出る機会があれば積極的に出ておきます。
■ステップ3
キャッチコピージェネレーターのようなソフトウェアを開発する
→既存のクライアントは、今までコンサルティングフィー等に充てていたお金を
 広告の出稿費用に回したりできます。
 ソフトウェアを営業系の会社に卸して幅広い顧客に導入します。
で、じゃあ、何でもやりたいことをやれば良いのかというと、
そういう話でもありません。
次に、
2.ビジネスの切り口を考える順番
という話がありますが、こちらは次回に回したいと思います。
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明日は樋口くんです。

『みんな泥棒だと思うと腹が立たない』

こんにちは。のむらです。
さて、今日はたまにやっているTumblrからの転載をします。
たまに、自分用に書いていたりします。
——
泥棒というと、言葉のイメージは良くないという方も多いでしょう。
でも、良い話にしようと思いますので、しばしお付き合い頂けると嬉しいです。
さて、泥棒とは何でしょうか?
ここでは、他人の持ち物を他人の許可無く自分の持ち物にすることを、泥棒の意味と捉えておきます。
ちなみに、仏教で言われる偸盗という「悪い行い」がありますが、上記のような私たちが普段イメージするいわゆる「盗み」というのもそうなんですが、
「分不相応なものを持つこと」も含まれるので、もう少し俯瞰的に「盗み」を教えられていたりもします。
生きていれば腹を立てることもあるでしょう。
いやいや、腹が立つどころか、腸が煮えくり返る、もう、全身が沸騰状態です、
なんていう時もあるかもしれません。
私もまだまだ人間が出来ていないもので、、、
もう1年も前の話ですが、10年くらい大事にしていた傘を
とあるパーティの控え室に置いておいたのに持っていかれたことは、
未だにネチネチ言いたいくらい腹を立てています。
控え室だけに、持っていった人は必ず同じ場にいたと思うと、
もう、筆舌に尽くしがたい思いがあったりします。
いや、たかが傘とはいえ、もの凄く自分にとっては掘り出し物というか、
持ち手の革の感触や、傘を広げた時の匂いまで、
本当に大好きだったので、それだけに執着が強いのです。
しかも、長年連れ添った傘ではありますが、
実は私は超がつくほどの晴れ男なので、件の傘は年に1度くらいしか
つかうことが無かったので、非常に状態も良かったわけです。
まぁ、これは本題ではないので、このくらいにしておきましょう。
さて、私たちが腹を立てる時というのは、
色々なケースがありますが、
上述のような、「自分のもの」と思っていたものを
無断で持っていかれると、腹が立つものです。
ただ、そもそも「自分のもの」は、どこから来たのでしょうか?
よくよく考えると、自分の手元にあって「自分のもの」と言っているものは、
この世界のどこかから、今たまたま自分の手元にやってきたものです。
もちろん、所有の概念を持ち出す時には、
経済原理や人間関係を根拠にする人もいるでしょう。
しかし、経済原理、つまり、お金でもって何かを買ってきたことによる所有の概念というのは、
お金の持つ信用によって成り立っています。
そもそも、お金の信用というのは自分自身のものではありません。
もちろん、それが労働の対価だとか、何かの価値を他人に提供した見返りだというと、
自分との等価交換だと思われるかも知れません。
これが広義での人間関係ということです。
自分の提供した価値の見返りとしてお金、もしくはものが手に入るというのは、半分くらいは自分の価値提供によるものですが、
あとの半分くらいはその価値を評価する他者が自分や自分の提供した価値を信じてくれたことによるものです。
なればこそ、「何であんなもんに金払うんだろう?」
とか、「何であんな人のことを信じてるんだろう?」
なんてことがあちこちで起こるわけです。
ですから、今、手元にある「自分のもの」というのも、完全に自分で手に入れたものではなくて、
自分では生み出していない何かがかなり含まれていたりします。
そのような構図が見えてくると、もう、
「これは自分のもの」なんて思った日には、
既に、泥棒なわけです。
しかし、いかんせん、私たちはそんな構図がいつも見えるほど賢くはできていなくて、
やれ、モノを盗られた
アイディアを盗まれた
手柄を横取りされた
儲けを減らされた
自分の好きな人の時間や心を他人に奪われた
自分の思ってた未来を違うものに変えられた
傘を盗まれた(まだ言うか。笑)
と、いちいち腹を立てたりするわけです。
これは、根本的には間違ってるわけですが、
ここで自責で考えましょう、という正論は、
極めて道徳的ではありますが、
何でそんなことを言われるのかというと、
そもそも、みんな自責で考えることができないからです。
ストイックな方はそこで自責、自責、というのも良いのですが、
私のような怠惰な人間の場合は、
まぁ、所詮、みんな泥棒だから
と、捉えて平静を保ったりするのです。
もし、腹を立てたりして、どうにもこうにもカラダが沸騰する、
頭がグツグツいう、という時には、
「みんな泥棒だから」
という魔法の言葉を自分に言い聞かせてみてはいかがでしょうか?
少しは落ち着くんじゃないかと思います。
短気は損気と言われますが、
しかし、どこからが気が短くてどこからが気が長いのか、というのはよくわかりませんので、
とりあえず落ち着けば良いと思います。
——
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『夢が叶うメカニズム』

こんにちは。のむらです。
新サイトになってから最初のブログ投稿です。
以前のサイトでは2つのシリーズがありました。
ビジネスクリエーターとして大切なことは全てサッカーから学んだ
RBCの話
その続きもさることながら、他のシリーズも何か考えてみたいと思っています。
今日は一発目のブログということもあって、言葉について考えてみます。
まず、先日のTEDxFukuokaでのヒミ*オカジマ氏のプレゼンテーションを紹介します。
素晴らしいプレゼンテーションなので、まだ見ていない方は、ぜひご覧ください。

言葉が先か?現象が先か?というお話なのですが、
私は、もうひとつの問いを考えてみたいと思います。
それは、
イメージが先か?言葉が先か?
という話です。
「言語化すれば夢が叶う」
ということは、あらゆる自己啓発書などでも言われていることですが、
これは、ちょっと裏返して考えてみると当たり前です。
というのが、夢というのが「ある程度以上に強く望んだ未来の状態」とすると、
言語化できない夢をそもそも夢として定義できないので、
言語化できない夢が叶うということがあり得ません。
ただ、そのような自己啓発書を読んで、夢が叶ったという人もいれば、
そうは言わない人もいます。
この違いは何でしょうか?
私たちは、言語化しなくても現実化させていることがあります。
例えば、最寄り駅まで歩いて、電車に乗って、目的の駅に到着する。
これは、とても広い意味での解釈ではありますが、
夢が現実化している状態です。
さらに言うと、
この例では、一般的な意味でのテキストで表せる言語ではなく、
イメージが先にできています。
他人から見えるところでの夢が叶うかどうかの違いは、
「言語化できているか」
なのですが、
その人の言語化のプロセスが、
言語化すれば夢が叶うと聞いた→じゃあ、言語化しよう→文字で書いてみる
だとしたら、それは、私たちが最寄り駅に辿り着くということですら実行している、
「イメージを描く」
というプロセスが抜けています。
ここに、言語化しているという外相では分からない違いがあるのではないでしょうか?
個人差があって、
未来のイメージを描くというのは、人によってはカンタンでは無いかも知れません。
未来というのは、現在とも過去とも違います。
現在までの記憶は確かにイメージを描く材料になりますが、
しかし、未来そのものではありません。
未来のイメージを描き、そして、それが他人を動かすことで実現できる場合には、
適切にそのイメージを言語化し、他人と夢を共有する必要があります。
そうなると、
どんな言葉を発しているか?の前に、
どんなイメージを思い描いているのか?
ということに、私たちの生き様というのは集約されることでしょう。
今、あなたはどんなイメージを思い描いていますか?
その思い描いているイメージを言語化するお手伝いは、
我々ならクレド作成講座や毎月のイベントで続けています。
あなたが思い描いている素敵な未来を言語化し、現実化するお手伝いをし続けるという誓いとともに、最初のブログの結びとしたいと思います。
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明日は樋口くんです。

『締切りまでに仕事が終わらない場合の対策』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
締切りまでに仕事が終わらない、
締め切り間際に慌ててやることになる、
がんばったものの、イマイチな品質で締め切りを迎える、
そういうことがチラホラ起こったり、
頻繁に起こったり、
ということがあるかも知れません。
私もそういう記憶が。。。。。汗
殆どの仕事には締切りがありまして、
だいたい、それは仕事が発生した時点で分かっています。
にも関わらず、そういうことが起こるのはなぜでしょうか?
締切りを提示して、締切りを強調して、
というのを、特に、仕事をやる側よりも、
管理する側になった時にやりがちなものですが、
これは、あまり意味が無いことに最近気付きました。
というのが、
締切りをしっかりと提示したり強調することで
締切りまでにちゃんと仕事ができるというのは、
その人の精神力にかなり依存します。
気合と根性がスゴい方であれば、
締切りの提示だけでも良いのですが、
そういう人は特殊な訓練を積んでいる人だったりしますので(笑)
そうでない方にとっては、無理があります。
じゃあ、どうしたら良いのか?
締切りの提示とセットで、作業時間の設定をすることです。
いつが締切りだとしたら、その仕事はどのくらいの時間が必要なのか?
そして、それはいつやるのか?
スケジュールに入れるのは締切りではなく、作業時間のほうが遥かに重要です。
私の場合でいうと、スケジュールはGoogle Calendarで管理していますが、
ここには、作業時間も入れるようにしました。
そうしたら、作業時間を入れたものに関しては、
作業時間を確保して進めるようになりまして、
まだまだではありますが、以前よりも慌てることが少なくなりました。
ということで、これは、自分自身にとっても有効でしたし、
人に仕事を依頼する時でも、重要な確認ポイントとなりました。
ぜひ、上述のような苦労がある方には、お試し頂きたいと思います。
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『筋肉は嘘をつかない!(笑)』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
以前、冷え性対策として書いた記事がありました。
そういうわけで、
本気で観賞用のカラダをつくるわけでは無いのですが、
毎日少しずつ筋肉に負荷をかけています。
そうして、2週間ちょっとが経ちました。
すると、僅かではありますが、筋肉がついているではありませんか。
これがとても面白くて、少しだけ筋肉マニアの気持ちが分かる気がします。
社会生活というのは、その殆どが不確実性の上に成り立っています。
ビジネスにおける事例というのも、やはり現実とはかなり乖離のある
データであることも少なくなく、「やってみるとそうでもなかった」
なんてことが殆どです。
一方で、
筋肉にかけた負荷に対して、その成果というのは、
かなり不確実性が少ない。
だいたい、かけた負荷に応じた結果が出てきます。
何だかんだで、筋トレをすること自体が
15年ぶりくらいの話で、実は、この15年間かけて筋肉が減った分だけ、
体重が落ち続けていました。
ホントに僅かとはいいながらも、上半身に筋肉がついたという感覚は、
何ともなつかしいものです。
おそらく、昔に比べて上半身は二回りくらいは小さくなっているのですが、
一回りくらいは戻そうかと思いまして、
引き続き続けていきたいと思います。
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『ネットと価格競争する家電量販店の迷走』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
以前から、家電量販店の迷走について、機会があれば触れることがありました。
少し前に、こんなニュース記事がありました。
この記事の例では、ヤマダ電機の店員さんが価格コムの最安値の店舗と
アツい勝負を繰り広げる様子が伝えられています。
値引きの手段にポイントをつかっていますが、
ポイントはヤマダ電機が発行している通貨のようなもので、
これと日本円の信用や有用性を比較すると、
かなりムリな戦いをしているようにも思います。
価格コムの最安値になるような店舗は、
通販のみで、いわば、倉庫とネット通販の機能しかないようなところもあります。
ボリュームディスカウント等、仕入れの価格交渉というのも
量販店にとっては勝負できる部分だと思っているかも知れませんが、
構造上、かなり厳しい戦いだと思います。
というのが、上述の最安値になるようなショップの場合、
何が強みかと言えば、
→店舗として大きな不動産をつかっていない
→販売のための人間をつかっていない
というところにあります。
こういう競合がいる中で、
不動産と人間の販売員をつかう量販店が
価格競争をするというのはあまり筋の良い戦略では無いと思います。
不動産と人間をつかっているというのは、
同じルールで競争すれば弱点なのですが、
裏を返せば、価格コムで最安値になるようなショップとの「違い」です。
違いを勝機にするとしたら、
→不動産をつかっていること
→人間をつかっていること
を価値に変換すべきです。
考え方としては、
「とにかく行きたくなる不動産にする」
「この人間にお金を払いたいと思って頂く」
でしょう。
「人間がいて何かしてくれるから、、」ではないのです。
「この人間にお金を払いたい」なのです。
そう考えるなら、コスプレやとにかく見た目や雰囲気での採用。
店内自体をもっとアミューズメント施設のようにしていく。
といった方向に舵を切るべきだと思います。
人事評価もそこを重視する。
この人に会いたいからこのお店に行く。
この人から買いたいから、数千円くらい高くてもこの人から買う。
そういうことです。
既に、そういう考え方で成り立っている事業は色々あります。
ですから、不毛な戦いを続けるよりも、
不動産と人間を付加価値にできるような、
そういう施策を期待したいところです。
もし、もっと具体的な企画内容を、、、
という量販店の方がいましたら、
お問合せください。
本気であれば、こちらも本気でお仕事としてお受けします。
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明日は樋口くんです。

『冷え性対策』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
昨年くらいから冷え性になっているという噂です。
昨年から、手足が冷えるようになりました。
今年の冬もそうなりまして、しかも、少しその傾向が強くなった気がします。
色々と振り返ってみたところ、
要因は、筋肉不足じゃないかという結論になりました。
思い返せば、高校の頃に住んでいたアパートには、
エアコンがありませんでした。
冬には雪が降ったりすることもありましたが、
それでも冷え性だと感じるようなことはまずありませんでした。
あれから15年。。。
間違いなく変わっていることと言えば、
カラダが2回りくらい小さくなっていることです。
18歳以降、パタリと引退してしまったので、
筋肉がずっと落ち続けてきました。
体重もずっと減っています。
食べる量はそれなりに減りましたが、
まぁ、ともかく、筋肉が落ちすぎです。
ということで、少し筋肉を増やそうと思いました。
とりあえず、思ったら即行動ということで、
近所のスーパーや百均に行ったものの、
1kgのダンベルしか無くて、
これならいつも持ち歩いているThinkPadのほうが重いじゃないか、、、と。
筋肉を増やそうと思ったら、筋肉が壊れる程度の負荷をかけないといけないので、
ちょっと1kgだと、どうやっても難しいです。
翌日には、無事、もう少しちゃんとしたダンベルを買ってきたのでした。
冷え性対策のダンベル
これで、少しずつ筋肉を壊して、筋肉の量を増やしたいと思います。
と、今更なので、筋肉が増えた頃には春になってるんじゃないか、
という疑惑もあるんですが。。。
とりあえず、やってみます。
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明日は樋口くんです。

『数式をつくることの価値』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
前回のお話と関係あるかないかはビミョーですが、
数式をつくるのと数式を解くのは、違う思考なのだと思います。
理論上は四則演算くらいが分かれば、どんな数式でもだいたいは解けると思うのですが、
もちろん、解くまでのプロセスをショートカットするために知識が役に立ちます。
ただ、どれだけ早く正確に解答にたどり着くとしても、
数式を解くというのは決められたルールに沿った作業になると思います。
一方で、数式をつくるというのはクリエイティブな行為です。
仮説構築だとか、そういうことにも近いと思うのですが、
数式をつくるという行為にはかなり個人差があると思います。
一度つくられた数式というのは、
誰が解いても同じ答えになるはずですが、
しかし、つくる数式は多様な答えになります。
数式では無いのですが、
例えば、化学式の場合でも、
物理学が専門の人と量子力学が専門の人では、
同じ事象について、左辺に何を持ってくるかが違ったりもします。
数式をつくるというのは、事象や世界をどのように解釈するか、
ということであり、どんな説を組み立てるかということであり、
ここを考えるのはとてもクリエイティブだと思います。
単純に数学が好きだとか嫌いだとかという世界観の人も多いですが、
もっと重要なことは、自分にとってどういう思考が得意なのか?
ということではないでしょうか?
まぁ、数学が好きか嫌いか、という物の見方というのは、
数式を解くことの好き嫌いというか、
少なくとも、そういう世界観の人は数式といったら「解くもの」
と捉えている人が多いような気がします。
別の科目で考えても、
社会なら暗記して選択肢のあるものや一問一答のクイズ形式のものが好きで、
論述は苦手だ、というタイプかも知れません。
一方で、細かい単語はさておき、ある事象とある事象がどのような因果律で
説明されているか?のほうが好きな人も、比較的少数ですがいるようです。
国語なら、古文の直訳や選択式の文法問題なら得意、という人もいれば、
小論文なら自信がある、という人もいるでしょう。
これらの違いについて、補助線を延ばすように、
ビジネスシーンにも持って行くと、
どういう活躍の仕方が自分に合っているのか、
というのも分かると思います。
既存のシステムというのは、とかく、ダメなところが指摘されやすいですし、
完全なシステムというのもありません。
いわゆる日本の受験勉強とか受験シーンを批判するのもカンタンですが、
一方で、そこに何を見出すかというのもまた、
サバイバル力として大事なんじゃないかと思います。
この時期は電車で受験生っぽい人を見る機会も多いと思いますが、
彼らの姿から補助線を延ばすことで、
我々の姿とも重ねることができると思います。
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『頭の使い方の癖』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
ちょっと前にふとしたきっかけで、頭の使い方の癖について気が付きました。
大きく2つのパターンに分かれるのですが、
・知識型
・論理型
という2つです。
どんなきっかけで気づいたかというと、
受験の時の勉強法です。
知識型の場合は、
英単語を覚えるし、社会の暗記なんかもたくさんやります。
一方の論理型の場合は、
英文法をつかって文章を読みますし、数学や小論文が得意だったりします。
私の場合は、小論文だけ圧倒的に得意で、
英単語も知っている数は少なかったと思いますが、
知らない単語があることを前提に、英文法をつかって英文を読んでいました。
ズボラだという噂もありますが。
あなたはどんな勉強をしていましたか?
周囲の方と話してみると、けっこう面白いテーマだと思います。
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『善悪を決める基準』

こんにちは。のむらです。
今日は、いつものシリーズではありません。
RBCの話シリーズでもありません。
生きていれば色々なことがあります。
そして、多くの価値判断というのは、ほぼ無意識的な善悪によって語られます。
時として、意見が対立するのもその無意識的な善悪による、
世界の見え方の違いからきます。
おおよそ、善悪を決める正義感というのは、
3つの立場に分けることができると言われます。
1.最大多数の最大幸福を優先する
2.個人の自由と権利の最大化をする
3.道徳や倫理を絶対化する
もし、ある事象に対する意見が異なると思ったら、
この3つを思い出して頂くと、
なぜ意見が異なるのか、というのが分かります。
1の立場で考えると、
大多数の人にとって良い選択が優先されるので、
時として人の感情や空気に反することもあります。
2の立場で考えると、
全体としては必ずしも最適でない主張が出てきますし、
時として慣例や伝統に抗うこともあるでしょう。
3の立場で考えると、
理屈も議論もなく、とにかく良いとかとにかくダメという話で、
議論にならないことがあります。
もし、ある人と善悪の基準が違うと思ったら、
この話をしてみると、少しは落ち着くかも知れませんが、
ただ、3のタイプの人はそもそも議論に耳を貸さないケースもよくあるので、、、
まぁ、そのあたりは柔軟に。笑
そんな私は2の立場で物事を見ていることが多いと思います。
皆さんはどういう立場が多いですか?
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