『ビジネスクリエーターとして大切なことは全てサッカーから学んだ』-その35-

『ビジネスクリエーターとして大切なことは全てサッカーから学んだ』-その35-

こんにちは。のむらです。
引き続き、このシリーズです。
全国のサッカー経験者の方、また、サッカー小僧のご家族、ご友人の方に、
サッカーに打ち込むことで、ビジネスパーソンとしても一流になるための素養
が身につく、というご理解を頂ければ幸いです。
↓過去の記事↓
その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10
その11
その12
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その14
その15
その16
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その21
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その29
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その31
その32
その33
その34
↑過去の記事↑
■個人とチームとは不可分である■
個人とチーム(組織)というのが、時として、
二分法的に語られることがあります。
「会社のためなのか、社員のためなのか」
とか、
「自分のためなのか、世の中のためなのか」
といった語られ方をすることがあります。
サッカーにおいても、
「個人のためなのか、チームのためなのか」
と、二分法的な議論が起こることがあります。
ただ、これはあまり本質的な議論ではありません。
というのも、チームは色々とあって、
そもそも選手の側にチームを選択する機会があります。
少し、サッカーを離れた話にもなりますが、
高校にはサッカーをしに行くと決めていた私は、
地元にはどうしても自分の入りたいチームがなかったので、
アパート暮らしをして地元以外の高校に入ることになりました。
高校進学に際して、
「自分の偏差値を見て、近くにある相応の学校に行ってみる」
という選択をする人が多かったですが、私にはここでひとつの
自律性を放棄しているように見えていました。
発想の枠とでも言いましょうか、思考の壁とでも言いましょうか。。
もちろん、あらゆる「思考の壁」を出来る限り自覚し、
しっかりと自分で考えていた人もいるでしょう。
(遠くに行けば良いというわけでもないです。
大事なのは、そういう選択肢を本気で考えたのか?ということです)
つまり、ここには個人の側の裁量がほぼ100%あるのです。
ですので、「チームありき」だとか「個人ありき」というのは、
本来考えるべきことを考えるのをサボった時にしか、
生まれないイメージなのです。
チームの持つ目的や文化は様々ですが、
それを選択するのは個人の側です。
一方で、その選択の結果、個人がチームの構成要素となります。
さらに、チームというのは構成要素の集合体でしかないので、
目的に向かうのも、文化を維持したり変容させるのも、
個人の動作を積み重ねた結果でしかありません。
このようなことを13歳くらいで気づかせてくれたのは、
少なくとも私にとってはサッカーの存在でした。
思考の壁を自覚し、変化するには、
ビジネスクリエーターの集合体であるRBCへの会員登録をどうぞ。
明日は友部くんです。

Nomura