こんにちは。のむらです。
引き続き、このシリーズです。
全国のサッカー経験者の方、また、サッカー小僧のご家族、ご友人の方に、
サッカーに打ち込むことで、ビジネスパーソンとしても一流になるための素養
が身につく、というご理解を頂ければ幸いです。
↓過去の記事↓
その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10
その11
その12
その13
その14
その15
その16
↑過去の記事↑
■看板を背負う■
現在は、賛否両論ある場合、否定する側の論理の方が、優先されやすいです。
それが良いか悪いかはおいておいて、ともかく、
子供のうちから世の中の現実を知るのはカンタンではありません。
しかし、いつかは世の中の現実を知るのであれば、
単純に有利/不利で言うと、早く知るに越したことはありません。
その点で、サッカーというスポーツが世界的に普及していて、
なおかつ、チームスポーツであることは、非常に有益だと思います。
多くのビジネスパーソンが自分ブランドについて考えるようになってきました。
商売的には、棚卸しとか過去の振り返り、自己分析、なんかを可視化して、
当人を肯定してあげると、ウケが良いです。
この方法であれば、最大公約数的に、満足度を上げることができます。
ただ、身も蓋もないことですが、
その「自分ブランドの影響力」には、大きな、そして明らかな個人差があります。
残念ながら、ブランドの影響力までを扱うと、自己満足をさせてあげることは
できないです。(というか、それは詐欺に近いです)
さらに耳障りのよくない話を続けますが、
自分ブランドの影響力は、当人の能力に依存します。
自己満足までは、解釈の問題で乗り切れますが、
ブランドの影響力は他者の満足に関ってきますので、
ちょっと解釈を変えるだけで乗り切ることはできません。
もちろん、
「全ての人が素晴らしい影響力を持つこと」を強要することは出来ませんから、
自己満足だけを考えている人がいても、それはそれで構いません。
ただし、全員がそうなってしまうと、経済圏がまとめて沈没しますので、
世の為、人の為に、素晴らしい影響力を持つ人はたいへん重要です。
そういう人が輩出され続けなければなりません。
ビジネスクリエーターたる我々は、そのように考えます。
しかしながら、影響力のある自分ブランドと能力とが紐付いているのを
中長期的に実感するには、社会に出て実際に活躍するのを待たなければ
ならないようにも見えます。
そういうことを考えた時、サッカーはその仮想的な場として最適でしょう。
まず、小さなところから考えると
⇒11人までしかピッチには立てない
ということがあります。
ピッチに立つためには、自己の能力を高め、チームの方向性を理解し、
しかるべき機会でキッチリと成果を出して、信頼を得る必要があります。
そして、信頼を築くのと崩すのでは、圧倒的に後者の方が早いことを知り、
普段の行動が他者との関係の中でどのような影響を及ぼすか?
について、考える機会が増えます。
これは、「チーム(という社会)における自分ブランドの影響力」を考える機会です。
また、選手としてのレベルが上がり、チームとしてのレベルが上がると、
もう少し大きくブランドを意識し、さらに色々な現実を知ることができます。
例えば、私が高校時代に所属していたチームが夏の大会で全国優勝をした時、
Kくんという同級生が、唯一の1年生選手として活躍していました。
技術的に優れていたのは当然ですが、よく走り、早さも強さもあり、闘える選手でした。
また、人間的にもフレンドリーで、とても良い選手でした。
全国優勝し、しかも1年生にしてピッチに立てたとなると、
広範囲の人に注目されることになります。
色々な見ず知らずの人が自分のことを知っている。
ここまでは、想像に難くないでしょう。
しかし、俗に言う「有名税」ではないですが、妬み、僻みも受けることになります。
全国優勝の後のことですが、平日のトレーニングを終え、チームメイトと一緒に
最寄り駅まで歩いていた時のことです。
突然、Kくんの肩をたたく人がありました。
振り返ってみると、同世代の高校生がビール瓶で思いっきり顔面を殴って逃げました。
幸いにして、瓶がキレイに砕けたので、少し歯が欠けた以外に影響はありませんでしたが、
「そこで相手を追い回して仕返しする」
というのは、チームのブランドが持つ影響力から「してはいけないこと」でした。
他にも、「退学」という制度が無いのを良いことに、我々のチームメイトを取り囲んで襲撃してきた
中学生もいましたが、そういう時も、我々の選択肢は「逃げる」なのです。
歯の一本くらい失ってでも「逃げる」です。
(ここで闘った場合、後で叩かれるのは、残念ながら我々の方なのです)
これが現実ですし、これがブランドを背負うことの一面でした。
だからといって、上記のような卑劣な行為は許されるものではありません。
上記のような卑怯な人が、実際にはいることを、ちゃんと知っておかねばなりません。
ただ、きっと、妬みや僻みの背景には、少年たちの「夢破れた」という
思いも関っているように思います。
サッカーとまるで縁の無い人には妬む理由が無いのです。
(そのような人たちにこそ、サッカーをしたことの価値をちゃんと分かって欲しい。
そして、別の世界で応用し、しっかり活躍して欲しい、と願って、このシリーズを書いています。)
能力の高い人材、レベルの高い場にいる者になるほどに、
自分の行動に乗っているブランドの重さは重くなります。
周囲の期待に始まり、羨望、はたまた嫉妬。
様々なものを意識した行動が求められます。
このような経験を若くして積むことができれば、
他者を常に意識した行動をし、そのように自分ブランドを構築していく、
というのは、スタンスの上ではそんなに難しいことではありません。
他者を常に意識できる、
(立ち位置によって差はあるものの、)
ブランドを、看板を背負って行動する経験ができるのは、
サッカーが人の成長に貢献する重要なポイントでしょう。
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明日は友部くんです。