こんにちは。のむらです。

ある小さな村の話です。
荒れ果てた土地に少数の家族がいました。

とりあえず、土地が荒れているので、
作物が育つようにせっせと畑作りに没頭しました。
人手が必要だということで、子作りにも精を出しまして、
働き手を増やしました。

そうしているうちに、土地は随分と作物を生むようになりました。

ところが、30年も経ってくると、生まれてから死ぬまで畑仕事?
そんな人生にどんな意味があるのか?
と、遥か遠くにある海を目指して漁に出る人や、
山に入って動物を捕まえる、そうして貴重な肉や魚を持ってくる人も
出てきました。(そのまま移住しちゃう人もいました)
他にも、畑仕事を楽にするために農具を開発する人なんかも出てきました。

徐々に、村にある仕事は種類が増えてきました。

また、年寄りになった村人は、昔の開墾の苦労話を若者に説き、
自分たちのおかげで村が豊かになったことを分かってもらおうとします。
(しかし、その苦労話の多くは、開墾そのものではなくて、開梱された畑に
呼ばれて行った小作農の話だったりもします)

便利な農具があるにも関わらず、
昔ながらの農法のほうが良い作物ができるんだ!と言い張って、
なかなか若い人のつくった農具を認めようとしません。

仕事が複雑になったおかげで、村人の生活も1パターンではなくなりまして、
複雑になった仕事を監視するために村長さんの下働きである監視員が増えました。
監視員は作物もつくりませんし、動物や魚もつかまえないので、
監視員が増えると彼らを食わせるためにはより多くの年貢が必要になりました。

また、昔子供をつくりすぎたので、
村の中ではお年寄りの割合が増えまして、
お年寄り達も年貢としておさめられた作物を食べて生活するようになりました。
なんでも、自分たちはもう年寄りだから畑に出なくても良いんだ、
という決まりをつくったそうです。

若い人は昔のようにどんどん子供を増やす
という生活はしていませんので、
この仕組はずっとは続かないのですが、、、、、

若い人は若い人で、
「監視員になれば農作業をしなくても死ぬまでごはんが食べられる」
と考えて、監視員になるために村長さんに一生懸命認められようと、
子供の頃から競争をしています。

監視員になれない子供でも、
親に「開墾とかはたいへんだから辞めなさい」
と言われるのを真に受けて、
なるべく大きな畑で小作人になろうと一生懸命です。
子どもたちは本当に親の言いなりになる良い子供ばかりです。

たまに、自分が農作業に向いてないなんてことも知らずに、
自分にはとても面倒見られない畑の担当になって、
毎日毎日たいへんな思いをしていたところ、
高いところから飛び降りて死んでしまう若者も出てきました。

こんな調子で、村長さんの蔵の中に貯蔵している年貢の品も、
年々減っていっているんですが、
誰もそんなことをどうにかしようとは思いません。

なぜなら、
年貢の仕組みであったり、
親の言うことであったり、
そういうのを一旦否定してまで、
もっと効率的な農具をつくろうだとか、
もっと良い土地を探そうだとか、
そんなことに挑戦しても、誰も褒めてくれませんし、
(それどころか親にも年寄りにも村長にもボロカスに言われます)
そもそも、挑戦が成功するかどうかはやってみないと分からないからです。

そして、今日も蔵の中身は確実に少しずつ少なくなっていっています。

さて、この村の人たちはどのくらいヤバいでしょうか?

この村の話は、このままいけば村が随分とひもじい感じになるのが予想できますが、
感情を抜きにして考えると、
・より効率的な農具をつくる
・もっと肥沃な土地に進出する
みたいな挑戦をするのがひもじくならない対策だと思います。

ここまで読んだ方であれば、あぁ、この村って日本の話じゃん、
と思っていたと思いますが、
まぁ、それでも公務員になりたい若者は多いですし、
大企業に入りたい学生も多いです。

おそらく、読み書きができれば理屈は分かると思いますが、
人間は理屈で分かったからといってその通りに行動できるほど高等には
進化していないと思います。
(それによるメリットもあるのですが今日は触れません)

ただ、上記のような流れというのは、
「新しい価値を生み出さないで、既存の価値を奪い合う」
という、まさに修羅の国の様相でもあります。

国境に意味があるかどうかというもう一段上の話もありますが、
それを抜きに考えるのであれば、
「新しい価値を生み出す人の割合が増えないとマジでヤバいです」
という話です。

国内であれば、
新しい仕事、新しいサービス、新しい事業、新しい市場
といったものをつくるのもアリでしょう。

もう一方で、
別の国にある富を日本に持ってくる
というのも蔵の中身を増やす方法なわけですね。

つまり、国外で事業をやるとか、
インバウンドマーケティングをやるとか、
そういう手もあります。

と、こういう話をしても、
「でも、それはどこかのすごい人がやることで、
 自分はそんなことはできません」
と、言う人もいます。

そういう人に、
「じゃあ、あなたではできないという証明をしてください」
と、聞くことは無いですが、
これに回答するためには、
ご本人が全力でやってみないと証明のしようが無いのですね。。

ということは、
実は「できない」のではなくて、
「やったことがない」のを「できない」と、
間違った日本語で表現しているに過ぎません。

言葉というのは思考のアウトプットですから、
もっと大胆に言えば、
「間違った思考をしている」
ということにもなりかねません。

もう一段分解すると、
思考の素材は情報ですから、
間違った情報を元に正しく思考している場合と、
正確な情報を元に間違って思考している場合とがあります。

件の、「挑戦する人」「挑戦しない人」の話でいうと、
少なくとも、今の時点で「挑戦する側の人」のことであり、
そういう人が「どんな情報を元に何を考えているか?」
を知ることで、ヤバい村人ではなくなるきっかけになるように思います。

もちろん、人生はどう生きても自由ですし、
国が貧しくなったり破綻したりするのも究極的には自由です。
事実としては、みんなそうしたくてそうなるだけなので。

ただ、私はビジネスパーソンでありますから、
やっぱりそれは問題だと思うのです。
豊かで楽しい社会を形成するのに貢献したいと思います。

ということで、
「テルアビブ」と聞いてピンと来ない方はは、
大いに向上の余地がありますから、
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明日はひらたくんです。

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