こんにちは。のむらです。

ここ最近、自分自身の価値観を問われる場があったりしました。

質問としてはあるあるネタではありますが、
それにどう答えるか?というのは人の数だけ違いがあるように思います。

例えば、
「どうして会社員を辞めて創業しましたか?」
という質問。

実際にはいくつもの要因が重なっていたとは思いますが、
「先が見える人生よりも先が見えない人生のほうが、自分の人生を生きている感じがするから」
というのがひとつの答えです。

というのが、新卒で入った会社がいわゆる大手企業だったこともありまして、
ぶっちゃけ、時間通りに会社に行って、言われたことをちゃんと聞いていて、
なおかつ、
痴漢冤罪とか見せしめで収賄容疑とかで逮捕されたりといったアンラッキーがなければ、
(収賄容疑のようなケースはトカゲのしっぽ切りに選ばれる場合だと思いますので、
それはそれで秘密裏にあとで悪いようにはならないかもしれないですけど。笑)

「最高でこれくらいの人生、最低でこれくらいの人生」

というのは20年レベルでだいたい予想がつくのですね。

では、果たして、だいたい分かっている20年先のために、
20年間、色々なことに耐え抜いて、、、
人生が100年だとすれば20%を分かりきったことのために費やす価値があるのか?

それに対する自分の答えがNoでした。

この選択の背景には、
1.人生は1回しか無い
2.一生は自分が思う以上に短い
3.自分の人生は自分のものである
という価値観があるように思います。

私の場合、移動中は思考実験の時間だったりするのですが、
先日、溜池山王駅を夕方あたりに歩く機会がありまして、
ラッシュアワーなので、たくさんの人とすれ違いました。

そうやってたくさんの人とすれ違いながら、
「今すれ違った人全員と仲良くなろうと思ったら、
一生かかってもムリじゃないか?」
ということを思いました。

よく、恋愛のスタートは
「あなたのことがもっと知りたい」
で、
「あなたのことはもう分かった」
で恋愛が終わると言われたりしますが、
全てとは言わないまでも、自分なりに
「この人のことを分かった」
というのにはまぁ、それなりに時間がかかります。

そういうことを思うと、
私が一生のうちに理解できる人など、
ごく僅かなのではないか?
という感覚を覚えました。

ラッシュアワーのある駅のほんの一コマくらいでそうなのですから、
東京の人を分かる、
関東の人を分かる、
日本の人を分かる、
アジアの人を分かる、、、
というのは、絶望的な話にも思えましたし、
もしそんなことを言ったり思ったりしたら、
それはなんという傲慢だろうとも思ったわけです。

どんな人にも違いがあって、
それこそがその人がその人たる部分であり、
もっと言えば、
その人が自分の人生を生きている部分だとも思います。

その様子を色に例えれば、
自分の人生を生きている人が増えると
世の中は色彩豊かになるでしょう。

その世の中の豊かな色彩を味わうということは、
より多くの人を具体的に理解することであって、
すなわち、
自分との違いをいかに発見していくかという過程です。

日々、そういう選択であり、
そういう行動を続けていくことで、
自分の人生はより豊かに彩られるのだと考えています。

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